久貫弘能のページ

 能楽師シテ方 久貫弘能の活動やお稽古案内などをご紹介いたします。

舞台活動

 ■ 九州宝生会
7月9日(日)13時〜大濠公園能楽堂 「葵能」
舞囃子「草紙洗」山岡晴美  地謡
10月15日(日)   住吉神社能楽殿 「ききょうの会」
能「井筒」シテ

公益社団法人 能楽協会

 

福岡市能楽協議会

その他
4月23日(日)「芦の会」午前9時30分〜 水道橋宝生能楽堂
宝生流能楽師 柏山聡子師主宰の会に出勤いたします。
福島のお弟子さん5人、うち子供2人が仕舞「小袖曽我」を披露いたします。
能舞台で演じるのは初めてです。
ぜひ応援にいらしてください。

同日午後5時〜「芦の会〜花めぐり〜」(5,000円)
柏山師の能「石橋」他、舞囃子「老松」武田孝史、「山姥」宝生和英 他

こちらも四季花々の移り変わりをモチーフに番組が作られています。
お時間のある方は、ぜひこちらもご覧ください。

 

お稽古情報

  こども教室 「ふたば会」
月2回(火曜日) 18時〜17時30分 大濠公園能楽堂 
月1回(土曜日)            ももち浜公民館(謡・仕舞)
※山岡晴美氏と共同の教室

月2回(第1土曜・第3土曜)9時〜12時  鳥飼倶楽部
 

 一般
月2回(月曜)17時〜21時 湯川舞台
月2回            鳥栖市内
月2回            須恵アザレアホール
月3回            甘木須賀神社
月1回(金曜)        福島市草心苑
 

山岡晴美氏と共同の教室
飛び梅会  月2回 火曜日19時30分〜21時 大濠公園能楽堂
                  月2回 水曜日10時〜12時  アクロス練習室
飯倉中央公民館   月2回 第1・第2金曜日 10時〜12時  
ももち浜公民館   月2回 第2・第4木曜日 10時〜12時(謡)
                                                                     12時〜13時30分(仕舞)
 

 

  

 わたしのこと

 
お能の家の子ではないのに、なぜ能楽師になったのか?
私が最初に付いた先生は、當山興道先生でした。先生は両親が結婚する前から古河の久貫の家でお稽古されていて、よく私が生まれる前から知ってるんだよ…とおっしゃっていました。
お稽古は小学1年の頃に始めました。
初舞台は8歳、古河にある武蔵屋さん(今でもある鰻屋さん)で仕舞「国栖」でした。写真の裏に「ゴミ拾いではありません」とつたない字で書いてあります。

               
                                                                                                  當山先生から帯・袴を付けてもらう

芸大に行きませんか?とお話をいただいたのは、中学時代に絵を描くことが好きで、絵で芸大に…と思っていたところ、そう言われたのです。ご存じの通り、芸大美術の油絵などは倍率全国1位。到底無理。ならば‥能でという次第。こんな話をしたら、なんてこと!と呆れられそうです。
もう少しでさじを投げられる寸前でエンジンがかかり、無事に芸大に入学しました。
同級生には観世流に3人。津村聡子、長宗敦子、川原恵三。今でもバリバリ活躍してます。
入試の時、すでに実力の差を実感し、無理と思っていましたが、学生が少なかったせいもあって合格した次第。
当時の教官はお歴々の方々で、シテ方(宝生)宝生英雄、佐野萌、當山興道、(囃子)藤田大五郎、幸正影、安福建雄・柿原崇志、観世元信、森茂好、野村萬(万作)
環境には大変恵まれていましたが、全くお囃子のことを知らなかった私としては、4ついっぺんに始まったために大パニック。1学年は授業にソルフェージュはあるし…。5月には完全に気分はブルーでした。その時にそっと貸した本に手紙を忍ばせて励ましてくれたのが、現在観世流能楽師小野里修氏の奥様。法子さんした。

大学2年になると楽屋入り…といって、宝生流の楽屋に入りました。能楽師の見習いと言いましょうか。流儀の定期演能会にはお手伝いに通い始めました。
知らず知らずのうちに能楽師の道に入っていたような気がします。當山先生は楽屋には入れない、婦人能のような華やかな世界に入りたいのなら教えない…とおっしゃっていたのですが、当時のお家元からのお話でそのようになりました。結果、婦人能(今の立春能、文月能)にも出演しました。

さて芸大の方は…というと、大学院修士課程、博士課程まで進みました。修士課程では女流の能について論文を書きました。男性社会である能に女性が活躍し始めた頃のことについて調べましたが、なんだか愚痴論になったような気がしてました。観世流の山階明子さんについて書きましたが、近年読み返しましたら、なかなか捨てたものではなかった…と感心。
博士課程では年に1回リサイタルをしなければならない規定がありました。おかげで学校で能を舞うことができたのが 何よりもラッキーでした。
論文は修士に近代の女流について書いたので、室町時代・江戸時代にさかのぼり女猿楽・女能について調べましたが、二度目の指導教官だった林望先生から「調べるなら原本をあたらねばならない」と言われ、目の前が真っ暗になり、諦めました。かなり調べ上げたのですが、原本となるとちょっとやそっとでは無理…で、中退しました。
結局、助手も含め11年くらい芸大にいたように思います。
今の芸大はあの頃とはすっかり変わってしまい、去年久しぶりに教え子の合格発表を見に行きましたが、昔浦島状態でした。上野公園もすっかり整備され、本当にいい環境になっています。今の学生は本当に恵まれています。
今年も1人、教え子が合格しました。恩師の先生方にやっと恩返しできた気がします。
 

 いろんなことに
能楽師白坂保行と結婚して、福岡に来たのが平成7年。
結婚して今までにいろんなことに挑戦してきた気がします。その中でこの年になって言えることは、能をしていたら、およそいろんなことができる…ということでした。
合気武道を白坂と一緒に始め、お茶を知り合いの骨董屋さんから習い、歌を習い始めました。最近はフラも始めましたが、どれにも共通項があることに気がつきました。
体の軸の作り方、腕の角度、などなど。
詳しいことを知りたい方は、どうぞお稽古にいらして下さい。
芸大生時代、声楽の先生が邦楽をしたら声を壊すからしてはいけない…と言っていました。それは大間違いです。人間の体は複雑ですが、シンプルです。種目によって発生のメカニズムを使い分けられることはありません。基本は同じです。それを自分の体で証明したいと思います。ただ邦楽にもいろいろあるので能としておきます。
武道でも今はアメリカで道場を開設している大先輩が、舞台を見に来てくださり「弘能さんは武道をやっているから他の人とは違う」と褒めていただきました。多分逆で、能をしていたので、武道もなんとなく様になっていたのだと思います。
ちょっと自慢話になったようで すみません。
また禅にも相当傾倒し、8年くらい早朝から通っていました。早起き、掃除が何よりダイエットに適していたと、今さら感じています。あの雑巾掛けは一番です。禅語や無門関、碧眼録なども勉強し、僧堂として有名な久留米の梅林寺、岐阜の正眼寺、京都の妙心寺など足を運んだものです。世阿弥も京都の東福寺、後には菩提寺であった奈良のお寺で允可をいただき、出家しています。私が禅を勉強してわかったことは、世阿弥がどれほど禅に傾倒していたかでした。能の根底には禅が静かに、滔々と流れています。

今思うと、やはり能というものそのものがすごいのだと思えます。
能は簡単には様になりません。でもその効果は驚くものがあると思います。

 

 

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